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サッカー・ワールドカップ(W杯)で快進撃したトルシエ・ジャパン。23人の選手だけでなく、一緒に戦った裏方も“戦士”の一員だ。3年間にわたりチームを支えた専属トレーナーの三木裕昭さん(35)=愛知県日進市香久山。最後のトルコ戦後、選手と肩を組みグラウンドを回る三木さんの目は重責を果たした充実感で潤んでいた。

「ヒデ(中山英寿選手)だけじゃない。みんな痛い所を抱えていた。だから選手が倒れればすぐ飛び出せるよう常に集中し、緊張していた」
W杯の四試合。満身創痍(そうい)で戦う選手のため、更衣室などで待機した。試合後は選手の疲労や筋肉の炎症を防ぐためマッサージやアイシングの処置に当たった。
チームに帯同したのは、海外遠征も含め年間約百日。合宿やW杯期間中も、選手の体をチェックするだけでなく、けがで神経質になった選手には明るく接し、精神面もフォローした。一人一人丁寧にみるから、寝るのはいつも未明。選手は温厚な三木さんに素顔で悩みや愚痴をぶつけた。そんな姿に、代表ゴールキーパーの楢崎正剛選手(29)は「僕らと同じ重圧を感じながら、ずっとサポートしてくれた。一緒に戦えた」と感謝する。
 チームには一九九九(平成十一)年三月に招かれた。その年の一月まで五年間はJリーグ・名古屋グランパスエイトのトレーナーだった。
出身は三重県四日市市。高校時代はテニス部で活躍し、全国大会にも出たが、常に肩の炎症や腰痛に悩まされた。「同じけがに泣く選手を助けたい」とトレーナーを志し、針きゅうを学べる大学に進んだ。
 大学の卒業間近、強豪・四日市中央工業高校のサッカー部員だった六歳下の弟がひざを痛め、二年生で退部。「『どうしたら治るんだ』という弟の嘆きに答えられない自分が情けなかった」。だから、卒業後もスポーツ医科学研究所(愛知県阿久比町)で研修を続け、その中でグランパスの仕事を紹介された。
W杯の最終戦。ホイッスルを聞き、目頭が熱くなった。「常に冷静さを求められた緊張から解放され、達成感がこみ上げた」からだった。泣いている選手と肩をたたき合う。観客席からは妻智恵子さん(33)と二人の子が拍手を送っていた。
 W杯が終わり、仕事場の「河合学園トライデントスポーツ健康科学専門学校」(名古屋市千種区)専任講師に戻った三木さんは「この経験と技術を伝えたい」という。自分に続く若手トレーナーを育てるのが、次の目標になった。

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